貧しい話
私が1番自分貧しいなと思ったのは調停・裁判中の時期…ではなく。
昔むかしのバンドメンバーは外国人でギタリストになる夢を持っていた。
10代半ばでたった1人で自分の学費を稼げだら音楽の大学へ行っても良いと父親に言われ、親戚の居る日本へ来て、相当な苦労を経て見事学費を稼ぎ、帰国して就学を経てギタリストになった。
その彼が日本にいる頃バンドを組んで居たのだが、仕事しながら夜はバーで流しつつバンドを掛け持ちしていて、愉快な奴だが色々ルーズで何度か有り合わせがなくお金を貸したりしていた。
ギターの腕は大人も舌を巻くほど…というか別世界な感じなのになんで私らと馬鹿やってんだろうと思ってたが、楽し過ぎてそこら辺どうでも良かった(昔からコレww)
さて彼が帰国、私は子を身ごもり何やかんや揉めて離婚。私は当時お金がなかった。
それでもほんの塵みたいな幸せを集めて細々と子供と生きていた頃である、彼から電話があった。
たびたび電話はあった(というか友達みんなに掛けまくるタイプ)んだけど、その時に「エボシこっち遊びにおいでよー」とまるで近所のツレに言うように誘われた。
ブラジルである…行ける訳ないのである。
お金出すしー、と言うので「ハァ!?そんなんとんでもねー額になるやん!」と返すと「いいよいいよー、えぼしお金貸してくれたじゃん」と。
最高額で2万とかしか貸してないし返したじゃん…有り得んくない?と。
実家が金持ちで別荘が5件あるとか色々有り得ない話は聞いていたが、アホなゆるノリとジョークと下ネタをカタコトの岡山弁で喋る奴だし割とルーズ(時間とか!!)なので冗談だと思ってたら、まさかのガチだった。
それは兎も角として。
その後も何度か誘ってくれたけど私にはその感覚が信じられず、大きな隔たりを感じてしまった。
めっちゃ皆で家泊まったしオールでカラオケ行ったり車出したり迎え行ったり散々みんなで一緒に馬鹿やったのにだ。
生活のレベルとか友情には全く関係ないと思ってたし楽しければいいやー、と思ってた。
当時確かにお金がなかった。でもそこまでの格差を感じる自分の心が何より貧しいと思った。
あっ下心とかなく老若男女普通に誘う奴である、遠慮なく人の家に泊まり人を泊める奴である、何ならしばらくそいつの家に住んでた奴までいる。
多分普通の感覚で誘ったんだと思う…日本居た時と同じテンションで。
施される事に怯えるほどにお金がなかったし、その後失業して病気をしても生活保護とか考えられなくて首括ることに頭が行ってしまうほどに貧しかった。
貧しいと人の施しを受けられないのだ…受ける余裕がないほどの貧しさで、自分を価値のないものへと追い詰める、そんな時期だった。
近所の方にお野菜を頂くことにさえ罪悪感があるほどに…あれ?病んでたんだね多分?
お金がなくても心が裕福であればと思う。
私が1番貧しいと思ったのは、心のほう。
助けてが言えない癖に酸欠で息をすることすら苦しくて、苦しさ紛れに屑みたいな幸せを摂りに弁当持って日がな1日子供とお散歩して、花を摘んで綺麗な石を探して。
ちなみに親子ポタはそのお散歩の延長線上にある。
友達は帰国以降会ってないのに今もたまに連絡して来る。日本語忘れたらしくLINEのボイス機能でww
彼が裕福なのは心のほう。どんなに友達増えてもどんなすごい事があっても昔とテンション変わらない。
本当に追い詰められてどうしようもなくなった時人の本質が出ると言うが、自分がどうしようもなく貧しいことを知れてしまったきっかけでした、あーー(;´༎ຶ༎ຶ`)