【初めてのちくさヒルクラ反省文と覚え書き 】
貧しいけど貧しいなりにこうすれば良かったがあるので次回に向けての改善点。
まずスタート平坦区間「危ないし私遅いからみんなが捌けてからでいいやー」←これがダメ
後方から出発だったけどあまり後ろの方だと脚の合う方捕まえられず、まったり追走or単騎走になる上に追い抜く時に出力上げねばならんので、一定ペースで脚温存の効率がわるい。
次!「私脚死んだら走れないし平坦苦手だから温存で!」とそれなりキープは良いんだけど
これはねぇよ、アップかな?お前レースやぞwwと自分で突っ込んだ😂
もうちょい序盤頑張ろう!というか脚の合う人見つけて追っかけよう、絶対それがいい…
最後辺りしんどかったとはいえ45分もかからない事は分かったのでMUを思えばだいぶ短い、大丈夫!(多分、知らんけど)
次!10%区間はなんかちょっと得意かもしれん、斜度が上がると前と詰まる。
merouさんにbpm175ぐらいなら保ちそうって言ってもらえてそれを目安にしてたので、斜度上がったところをレスト(?)区間というか、「これはゆるポタ!はぁ川きれい花きれい…しんど!」と気持ちを落ち着ける区間にしてたのは正解だったかもしれん。
ここでキバると心拍上がっちゃうけど斜度高い方が得意なのは分かったから、強くなれたら頑張る区間にしよう…でも私にはまだまだ早い。
つぎ!ダンシング練習しよう!(運が良ければ誰か教えてくれる!笑)ダンシングはいいのよ、ギヤ上げて体重落として脚は休める…ただ、座ったタイミングで心拍ドッと上がる。歳か?
なんか上手いやり方があるんだろう、有識者に聞いてダンシング練習しよう、ほとんどやらないから多分とてもへたくそだ!
初めて16㌔も自分の頑張りペースで実走で走ったので仕方ないけど、重心と身体の使い方が下手くそだ。単走でこの強度で毎回走れたら身に付くかもしれないけど、子供と旅する方をメインにしていてそこは揺るぎないのでそこは肝に銘じる。
子供は今しか子供じゃないし、ZWIFTでも出来てないことがたくさんあるので、頑張るなら手の届く範囲で…。
あと、最後にこれはとても感動した所。
スキー場の所で応援して下さる方々…これほんとありがたかった😭✨めっちゃパワー出た!マラソンの時は声援パワー出んかったけど、スペースZWIFTのおかげもあるんかな…ほんまないはずの力が出た。かと言って心拍暴走もしなかった。
キツい区間で辛さに耐えきれずメンヘラ走しようとした時は出力も上がるけど心拍も上がってボトルの水で溺れるかと思った(上手く嚥下できなくて)
このプラスの力が自分に作用したのがめっちゃ感動した!プラスの力がマイナスの力に勝ったのを実感して、本当に嬉しかった。
あと1番最後のストレートでゴールから下って来ている猛者達の「頑張れー!」これ程心強いものはなかった!
私より余程強い強度で登って、皆さんだって絶対しんどいし痛いし息も上がってる。
喋るのもしんどいのに声出して下さってほんま頑張ろうって思ったしめっちゃリスペクト😭✨
何気ないその一言がまじで尊敬しかないしカッコいい、1番しんどくて息が出来ないとこでかなり効いた…だから反省文&次もがんばる🥺
相変わらずメインはポタで行くけどレースも楽しむスタイルでいきたいので、貧しいなりに最低限出来ることを。
貧しい話
私が1番自分貧しいなと思ったのは調停・裁判中の時期…ではなく。
昔むかしのバンドメンバーは外国人でギタリストになる夢を持っていた。
10代半ばでたった1人で自分の学費を稼げだら音楽の大学へ行っても良いと父親に言われ、親戚の居る日本へ来て、相当な苦労を経て見事学費を稼ぎ、帰国して就学を経てギタリストになった。
その彼が日本にいる頃バンドを組んで居たのだが、仕事しながら夜はバーで流しつつバンドを掛け持ちしていて、愉快な奴だが色々ルーズで何度か有り合わせがなくお金を貸したりしていた。
ギターの腕は大人も舌を巻くほど…というか別世界な感じなのになんで私らと馬鹿やってんだろうと思ってたが、楽し過ぎてそこら辺どうでも良かった(昔からコレww)
さて彼が帰国、私は子を身ごもり何やかんや揉めて離婚。私は当時お金がなかった。
それでもほんの塵みたいな幸せを集めて細々と子供と生きていた頃である、彼から電話があった。
たびたび電話はあった(というか友達みんなに掛けまくるタイプ)んだけど、その時に「エボシこっち遊びにおいでよー」とまるで近所のツレに言うように誘われた。
ブラジルである…行ける訳ないのである。
お金出すしー、と言うので「ハァ!?そんなんとんでもねー額になるやん!」と返すと「いいよいいよー、えぼしお金貸してくれたじゃん」と。
最高額で2万とかしか貸してないし返したじゃん…有り得んくない?と。
実家が金持ちで別荘が5件あるとか色々有り得ない話は聞いていたが、アホなゆるノリとジョークと下ネタをカタコトの岡山弁で喋る奴だし割とルーズ(時間とか!!)なので冗談だと思ってたら、まさかのガチだった。
それは兎も角として。
その後も何度か誘ってくれたけど私にはその感覚が信じられず、大きな隔たりを感じてしまった。
めっちゃ皆で家泊まったしオールでカラオケ行ったり車出したり迎え行ったり散々みんなで一緒に馬鹿やったのにだ。
生活のレベルとか友情には全く関係ないと思ってたし楽しければいいやー、と思ってた。
当時確かにお金がなかった。でもそこまでの格差を感じる自分の心が何より貧しいと思った。
あっ下心とかなく老若男女普通に誘う奴である、遠慮なく人の家に泊まり人を泊める奴である、何ならしばらくそいつの家に住んでた奴までいる。
多分普通の感覚で誘ったんだと思う…日本居た時と同じテンションで。
施される事に怯えるほどにお金がなかったし、その後失業して病気をしても生活保護とか考えられなくて首括ることに頭が行ってしまうほどに貧しかった。
貧しいと人の施しを受けられないのだ…受ける余裕がないほどの貧しさで、自分を価値のないものへと追い詰める、そんな時期だった。
近所の方にお野菜を頂くことにさえ罪悪感があるほどに…あれ?病んでたんだね多分?
お金がなくても心が裕福であればと思う。
私が1番貧しいと思ったのは、心のほう。
助けてが言えない癖に酸欠で息をすることすら苦しくて、苦しさ紛れに屑みたいな幸せを摂りに弁当持って日がな1日子供とお散歩して、花を摘んで綺麗な石を探して。
ちなみに親子ポタはそのお散歩の延長線上にある。
友達は帰国以降会ってないのに今もたまに連絡して来る。日本語忘れたらしくLINEのボイス機能でww
彼が裕福なのは心のほう。どんなに友達増えてもどんなすごい事があっても昔とテンション変わらない。
本当に追い詰められてどうしようもなくなった時人の本質が出ると言うが、自分がどうしようもなく貧しいことを知れてしまったきっかけでした、あーー(;´༎ຶ༎ຶ`)
添い寝
もうそろそろ添い寝をやめる頃…って思っていたけど、いざ10歳になるとまだまだ幼く感じてつい布団をポンポンしてしまう。
母さんと一緒に寝たいー、と甘える時もまだまだある。
寂しい時に寂しいと口に出せる我が子がたまに羨ましく思うことがある。
私は小学校に上がってから親と添い寝をした記憶が数える程しかない。
妹と同じ部屋だったからだけど、甘え上手な妹はいつものように親の寝室に行ってしまう。
低学年の頃は特に、真っ暗な部屋で1人だけぼっち寝で眠れないのがとても怖くて寂しかった覚えがある。
口に出さないから誰も気にした事もなかっただろうけど、口に出せない理由もあった。
たまに当時を思い返しては、その時の不安が今子供と寝る事で昇華しているように感じることがある。
人生のうちで今だけなら、子供があの冷え切る感覚を持たなくなるまで一緒に寝たっていいんじゃないかな。
…別に湯たんぽにしたい訳じゃないからな?
シナプス
我が家の親子ポタはポタリングというより冒険だ。
冒険を初めてから、子供のばらけた記憶が沢山繋がる瞬間を見れるのがとてもワクワクする。
小さい頃から図鑑が好きな子だったから、最初は野鳥や道で轢かれている生き物や生えている草木、きのこ、昆虫や蝶を実際に見れることに大興奮していた息子。
狐もテンもタヌキも猪も動物園にいないもんね、しかも野生だし。高確率で亡くなってるけど💦
遠くにポタに行くのは行ったことのない施設に遊びに行きたいからで、子供は遊ぶ時間を稼ぐ為にローラーを回している(大真面目です)
さして興味もない資料館でも自分の脚で辿り着いたその日のトロフィーなので、記憶に定着しやすいのかもしれない。
まだまだ行けてない所は沢山あるけど最近Dr.STONE見てて
あっこれ鉱山資料館で見たやつや!とか
あそこの天文台で見たやつじゃん!とか
刀剣博物館でやってたやつや!とか
以前とは逆に外で仕入れたネタが何気なくアニメ見て出てくるのめっちゃ面白いなと思って、やっぱり自転車旅は冒険だなと再認識したりした。
深い知識じゃなくてもいいしぼんやりでいい、興味が湧いたら調べたらいいけど
そんな事よりぼーっとしてて忘れっぽい我が子の脳内が、県地図に引いていくルートと同じく少しずつ繋がっていく、感動している、驚いている、発見している、そこに母はとてもワクワクする。
冒険だけど団欒でもあり癒しでもあり刺激でもある親子ポタがやっぱり私は大好きだ。
だからどうかコロナよ終息してくれ😭
子供も旅に出たいってめっちゃ言ってる!
行きたいルート沢山練って待ってる…
愛が世界を変えるのを見た
色々な方から「平日も練習台乗ってるの!すごいね!」って言って頂ける機会が多いのですが、母としては一緒にその時間を捻り出す過程がすごいと思うのです。
ダラダラぼーーっとした子供なので以前は3時間…やばい時には4,5時間宿題の前で溶かしてみたり、その合間に勝手に台所荒らしたりゲームしたり、私も残業続きだったりで本当に毎日焦って怒って急かしてに時間を溶かすばかりだった。
そんな子供がローラー乗りたさに私の帰宅時間までに宿題を済ませて先にローラーに乗り、私がローラー乗ってる間にプロテイン作って待っててくれたり、ポタ後の家事は共同作業と考えてウェアの洗濯率先してやったりと、兎角自転車につぎ込む「時間」を無理くり捻り出しているのです。
チャリ関連は家事含む母の時間も捻出しないと成立しないのを理解してるのでお手伝いじゃなくタスク…という感覚もついた。
以前の子供を知ってる身内から見たらもはや奇跡、単身赴任のおじいちゃんは会う機会少ないからまだ宿題さっさと済ましてるのが信じられないみたい。
しかも人が見てない所で絶対手を抜く子供だったのに、納屋で1人で汗かくぐらい回してるのをこっそり覗きに行った祖父母は信じられんを連呼。
前は空を見つめてぼーーっとしてる時間がめちゃくちゃあった子なので自発的な目的意識があるとこうも違うものかと…うちの子は習い事じゃ絶対こうはなれなかった。
本人はそれが頑張っている事にカウントされないらしい(趣味やからな!って言ってる)
昔怒りまくってた時に
母さんはあんたの悪い所もめっちゃ見てるけどいい所もちゃんと見てるからな?悪い事して怒られる時間たくさん作るのと、普通にやる事先にやって後から遊べる時間作る上に一緒にニコニコ過ごすの、同じ時間をどっちに使うか考えな!
って言ってて、それを単発で…じゃなくて継続的に習慣化できたのは本当に想定外で、もはや日常を自転車に色々救ってもらった感がある(私個人的にも救ってもらった所がある)
普段の素行が査定(娯楽費)に響くと昔から言っていたのでポタであちこち寄り道するけど、子供がそのやり取り覚えててちゃんと私が約束守ってると思ってくれてるのも割と嬉しい。
子供この1年で自分の力で自分を取り巻く環境や世界を変えたな…と思うんだけど、ぜんぶ「好き」がさせたこと。
本当に好きってすごいね!
それだけ好きなものを見つけられたのが有難いことだし、飽きもせず継続的に自分の世界を持ったのも産まれて初めてのことなので感無量…自転車ありがとう😭
「何目指してんの?」「将来は競輪選手?」もよく言われるけど、そんなの何も関係なくて今がすごいの!当社比ですごいの!!
練習も復習も何もしてない、いつもダラダラしてる癖に勝負事や勉強やスポーツで当然ボロボロに負けてキーキー言う子供だったのが、初めてのレースでビリ周回遅れで帰って来て「めっちゃ楽しかった!!」ってワクワクした顔で言った時、母はそれを楽しめた事にめちゃくちゃじんわりしたんだ。
この変わりよう本当に身内しか分からないので壁打ちで騒ぎまくってるけど、本当に以前がどうしようもなくて不安と焦りと疲労で毎日お互い不愉快で悲しかったのが楽しいに変わったこと自体が嬉しい…
子育ての期間なんて80年中のたった20年しかないし、その3分の1は睡眠時間、半分以上学校と仕事、僅かに残った共有出来る時間をお互い楽しく健やかに過ごせることがどれだけ有難いことか。
色々気難しい子供だしまだまだ色々と不安も悩みも尽きないけど、何もない所からひとつの殻を自分で破ってそこから新しい世界を拡げていってる途中なので見守ってあげたいなと思う。
九十九神っていうんだろうか
エントリーローディ自転車離れに関して何歩も遅れて思ったこと。
私2年ほど前まで自転車はモノ認識だった。
きっと自転車乗りさんの中にもいるでしょ?
チャリ外に雨ざらしで放置したままがデフォだった人。
むしろ私はチャリ通勤あんなに嫌だったのに何で今こんなに自転車にハマったのか自分でも謎。
ただの交通手段…安ければ何でもいい、寒い日雨の日は乗りたくない、何だかんだ疲れるし。
…何故今えぼしの親子はこんなクソ寒いのに週末ポタを待ち望んで平日を過ごしているのか。
ライトユーザーの中にはそのままの感覚で自転車買った人もいると思うの。
そして、まるで我が子のように「モノ」を可愛がりメーカー、コンポ、ホイールに興奮する自転車乗りさん達がてんで理解出来ない人だってきっといる…一定数。
しかも皆さん自分の愛車に誇りも責任も愛もあるからルールやマナーにとても真摯に向き合ってるけど、普通の通学通勤の自転車マナー見てるとつい突っ込みたくなるのが多いじゃない?
でも私正直ロード始めてからだ、そんなに自転車マナーに敏感になったのは…
私はネットやつべやツイッタで色々知ったけど、これを学ぶという発想のない層もまた一定数いる。
そして子供が欲しがるからとろくに危険性も調べず買って与えっぱなしになっている親もきっと更に少数いる。
そういった層からしてみれば私のようなど素人ですらコアな層に見えてしまうのではなかろうかと…
私達もド新規の時はものすごい戸惑った。
えっ何でみんなそんな向上心高いの…ロード乗ってる人ってガチしかいないの?ゆるぽた詐欺ってなに怖い…みたいな。
子供の最初のレースだって、練習もしてない人間がエントリーしてもいいのか悩んだけどとりあえず世間知らず装ってうっかり出ちゃえ!みたいな…
飛び込むのにも飛び込んで次進むのにもハードル高いんよ!!まずショップすらハードル高かった!ウェアもかなり抵抗あった!何よりなんか怖かった!実際ついったや道やショップで話すと皆さんめちゃくちゃいい人なのに 笑
好きとかテンションがそのハードルを飛び越えていかないと私たちも今ロードに乗ってない。
法が絡むので失敗は口に出しにくい。でもママチャリの頃知らずに逆走してしまった事も正直あった。
洗車も空気圧も続ける自信も全くなかったし、ここまでの頻度で乗るとも思っていなかった。
九十九神っていうんだろうか…今私のÉmondaちゃんに対する意識は「モノ」ではない。子供も同じだ。
たくさん一緒に旅して出来ないなりに洗車という名の奉仕を重ねるうちに、私達は自転車に道に対して責任を感じるようになった。
この感覚がない人に対していきなり全く同じことを強いるのは中々無理があるなと。
飛び越えていくためには、やっぱり楽しさ気持ち良さを強烈に体感しちゃうしかないんだと思う。
そしてあまり失敗を責めないであげて欲しいなって思う。
私デビュー初日に少し怖い思いをして、自転車やめようか悩んだのはその時だけだから。
…でもそのお陰で色々ネットで調べまくったんだけど 笑
楽しさであれこれやるうちに九十九神が憑いたら、きっとその方は道に、マナーに、界隈に、自ずと真摯に向き合おうとするはずだと思ってる。
ブログ始めました
ブログ始めました。
これで思う存分壁打ちをする次第…
自分の思うことを発するというのは、リアルでもそうなんだけど
記憶や思考の整理、アップデート、バックアップ、上書きの役割があると思ってて私はとても大切な作業だと思っている。
でも自分の身の置き方的に友達にも家族にも遠慮してその作業を怠っていた。
そして私はTwitterで壁打ちに勤しむようになる。そして何故か!思ったより自転車にハマってしまいうっかりチャリ垢っぽくなっている。
多分ブログでも自転車成分多くなるけど、より自由に、そしてダラダラと長々と頭の中を整理するツールにするつもりだ。
私は頭が悪い。義務教育の勉強ってのは理路整然と物事を考え発言する能力をつける為にあるものと聞いた事があるけど、頭の悪い私にはそれができない。
言葉が纏まらないどころか頭の中が纏まらない。
そしてそれはとてもストレスで、なら出力すれば良いのにメモも日記もつけない。
からのブログ始めました…スマホって不思議よねーなんでこれなら億劫にならないのか!
興味ない人は覗かないだろうし気楽!
そして同じような、親も初心者って親子さんがもし覗いて、少しでも安心してくれたらいいな…私達最初は手探りで闇雲で、本当に不安もたくさんあったから。
という訳でぼちぼちダラダラ始めます…